大安禅寺
大安玄峰和尚の雑記


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「かたよらない心 こだわらない心 とらわれない心
ひろくひろく もっとひろく これが般若心経 空の心なり」

この言葉を、ご存知の方は多いと思いますが、奈良県薬師寺は元管主であった高田好胤師の言葉です。私自身も常日頃からそう有りたいと思うのですが、実際はと言えば、様々な事に振り回されて一喜一憂しながら毎日を送っています。ですが、それでも良いんだと思います。唯一無二の「私」として両親に生んで頂いたのですから、偏って拘って囚われて生きるのも又人生の味わい方なのではないでしょうか。そんな、どうしようもない私を生きれるのも、やはり「ワタシ」だけですから贅沢な事です。とどまらずに生きて行く、その喜びを浅学菲才を顧みず書き留めていこうと思います。他愛もない日記であったり、法話であったりしますがどうぞご容赦ください。
大安禅寺 髙橋玄峰 合掌


「研鑽」
2018・12・22(土)


昨日より2日間、京都の本山にある禅塾に於いて、布教師の同志と勉強会を行いました。

テーマは、来年度の本山推進テーマ「無依の道人(むえのどうにん)」

この言葉は我々臨済宗の宗祖・臨済義玄禅師のお言葉です。

今回は、一人一人が自学勉強してきた研究を法話形式で発表しました。このような勉強会は、一年を通して様々な形で場所を変え行っています。やはり自学だけでは行き詰まる時もありますし、その考察が偏っていないか?あくまで仏教・禅の教理に則ったものであるのかなど、自省も込めて見直すことが出来る有難いものです。また、お互いに研鑽の場を設けることに因って、法理を深めることにもなります。更には思考の交通整理ができ、法話原稿の構築にも繋がります。

一つの言葉と向き合うにしても、其々の実体験の中で味わっていくので、年齢や経験値、普段の心構えで着眼点が異なりますから、捉え方、伝え方も一つの禅語でも多様性が生まれるところが大変面白い所であります。一言でいえば、「人柄」が法話には現れます。そこが一番法話の醍醐味であり、大切だと思います。向き合った分、必ず反映されていきます。

禅の考え方として言えるのは先ず、いかなる場合でも常に自分自身と向き合う所から始まるということです。つまり、矢印を外に向けるのではなく、常に自分自身の方向に向けて我が心、「私の仏」を拠り所として生きていく。これが大前提です。

では、その「仏」とは何か?これが重要です。

歴代の祖師方は、いつの時代も其々の時代背景の中で実践修行(坐禅・問答など)を通してその「仏」を自らの一言にして吐いてこられました。それが現在に伝わる「禅語」と言われるものです。禅の「真理」の名前と言っても良いと思います。皆様も「空」「無心」「無事」などは耳にしたことが有るのではないでしょうか?

では何故、名前がいくつもあるのか?それは、一つの物でも見る角度で見え方が変化するように、真理も境(それぞれの置かれている立ち場・今・ここ)に随って変わっていくので、名前が違うだけです。例えば、夜空に浮かぶ月は一つしかありませんが、琵琶湖に映る月は「琵琶湖の月」、猿沢の池に映る月は「猿沢の月」、大安禅寺の庭の池に映れば「大安禅寺の庭の月」と名前が異なるようなものです。ですが、月に変わりはありません。本体は一つ。

「私の仏」も同様に違った顔をその場その場に応じて現じているだけで、元に変わりはありません。でも、そんな月に雲が懸かれば、池にも映らないし、月明かりも届かない。
その雲を私達の心に置き換えれば、「煩悩」または「自分の都合」とでもいいましょうか。その都合の雲が「私の仏」に懸かった時、折角の「私の仏」は誰にも見えなくなってしまう。しかし、月が無くなったわけではありません。「私の仏」も無くなったわけでもありません。雲が流れ消えていけば、そこに月は相変わらずに煌々と輝いている。「私の仏」も輝いているんです。

でも「雲」も無くなるわけではありません。元は水ですから、目に見えないだけで状況に応じて、また生じるのが雲でもある。私達の煩悩も尽きることはありません。お月さんのような「私の仏」に気付いても「自分の都合」も尽きない。

だから、「自分の都合」を払わなければいけないのです。私の心に積もった「自分の都合」の塵を払っていく。掃いて積もれば掃く、また積もれば掃く。秋の庭掃除のように・・・。

そういう、「とどまらずに塵を払える私」が「私の仏」です。

それを「空」「無心」「無事」と祖師方は言われたのです。今回のテーマである「無依の道人」も同じで、臨済禅師の「仏」の名前です。

その話は、また次回。

先ずは「私の仏」を信じましょう。あなたの「仏」はどんな顔をしていますか?

ここは一つ、自分の都合と言う「衣」を脱いで考えてみましょう。



「ご縁」
2018・12・19(木)


日々の中に数多ある出会い。

でも気付いていないことがほとんど。

今日の朝日は今日だけ。

今日の出会いも今日だけ。

昨日の人。

今日の人。

同じ人でも、その時はその時の人。

だから、どんなご縁も大事にしたい。

どんなご縁も今日の私が「わたし」であるための

唯一無二のご縁です。

私が「わたし」であるために必要なご縁です。


「大掃除!」
2018・12・14(金)


12月に入って寺内各所の大掃除を進めています。今日は本堂の大掃除と来年より工事が始まるので、本堂から別の場所に移動するものも有り、いつもより大掛かりな掃除となりました。

掃除は本当に気持ちの良いもので、終わった後の達成感は何ものにも代えられません。特に今回は、内陣(本堂のご本尊様を奉る部屋)ともあって、お寺で一番重要な場所を中心に掃除したので、気が引き締まりました。一年無事に過ごしさせてもらったことへの感謝を胸に努めました。

そして、晩には今年最後の坐禅会。有難いことに今回も大勢の方が参加下さり、一時間半皆様と静寂のひと時・・・。呼吸一つ一つを丁寧に行いながら其々一年を振り返っておられたのではないでしょうか?

掃けば散り 払えばまたも塵積もる 庭の落ち葉も 人の心も

自分の都合と言う塵で大切なことを見失ってはいないか? と自問自答する日々。

そう考えると、今日は、昼にお寺の掃除で心を見つめ、夜は坐禅で心と向き合い、両方まとめて心の掃除をさせて頂いた一日でした。

さぁ明日からは、今年の観光法話も終盤。ご縁の尊さを喜びながら心を交わす時間を精一杯楽しんでいきたいと思います。

心の掃除は一生!!


「気忙しい・・・」
2018・12・13(木)


光陰矢の如し、12月に入るとあっという間に一日一日が過ぎていくような気がしてなりません。気忙しいとでも言いましょうか、自分の都合通りにいかないと分かっていても次から次へと舞い込む仕事に心が追い付かない昨今です。

今日は、来年の寺宝展の撮影とポスターの打ち合わせの為に博物館へ出向きました。撮影は、お殿様が卑山へ参拝の折に使用された什器などを中心に行いました。お膳の配置や、並べ方などを当山に遺されている当時の仕様書(お殿様が来られた時の為に設えが記された文書)を確認し、当時に思いを馳せながら良い経験ができました。

また今回のメインイメージとなるポスターのデザインについても、デザイン会社アンテナの小林さんと学芸員の藤原さん、3人で決めたのですが、小林さんが用意して下さったものが3点あり、どれも素晴らしく、結局は博物館側で1点、他2点はお寺の方でポスターとして刷ることにしました。

今回のメインは、開山である大愚宗築禅師の座像です。作者は不明なのですが、技術の高い仏師が彫ったものに間違いないと言えるほど、表情の肌理細やかさは勿論、袈裟の装飾が大変美しいものです。是非とも間近でご覧いただきたいと思います。その大愚禅師がポスターの中心に配され、眼光厳しく時を超え禅の神髄を伝えんとする思いがその表情から伺うことが出来る美しいポスターに仕上がっています。今から出来上がりを見るのが楽しみです。

これから年末にかけての大掃除、大晦日の除夜の鐘、年始の準備、寺宝展や修復事業とテンテコマイですが今年から新年に向けて駆け抜けたいと思います。


「ご無沙汰しています」
2018・12・11(月)


久し振りの更新ですみません。

約一週間振り・・・。

言い訳ではありませんが。

年の瀬も迫り行く昨今、先週もバタバタと仕事に追いやられ、そこにホッと一息つくところの週末に長女が体調を崩しました。お腹の風邪、ウイルス性の胃腸炎です。

小さなお子さんが居られるご家庭では「あるある」だと思いますが、そのまま妻、息子にうつりここ3日間、テンヤワンヤでした。今日ようやく落ち着いたと思いきや、元気に過ごしていた次女が、突然今日の夜に発症、夜間の急患に走り診察してもらい現在に至ります。そんな中、私は何故うつらないのか?

いつもは、妻ではなく私ばかり子供からもらうのですが(笑)不思議です。

妻に無理を掛けていたことにも反省しました。

私は多分、明日に名古屋NHK文化センターでの講師を務める講座が控えているので、気を張っているからなのかもしれません。ですから、終わった瞬間発症するような気がしてなりませんが(笑)

その講座の資料も、この状況の中で、なかなか手を付けられず、後回しになっていたので正直焦っていましたが、何とか先ほど出来上がりました。そして、今これを書いています。

本当に人生思い通りいきません。どれだけ計画的に動いていても、突然何か起きるのが世の常ですね。今年もまだまだ仕事も問題も山積みです。一つ一つ丁寧に全うしていきたいと思います。

皆様もしっかりと体調管理をしていきましょう!


「暖冬?」
2018・12・4(火)


ここ数日、降ったり止んだりの雨に右往左往しながらも境内の掃除に勤しんでいます。また、福井の12月とは思えぬ気温の高さに戸惑いが隠せません。ですが、週末は雪の予報、今年の大雪を経験しているため、暖冬と言われていても冬支度に余念がありません。

雪囲いに融雪パイプの整備、また境内の雪吊りなど一応に済ませてはいても毎年この時期は心配が絶えないです。そこに、来年の修復工事に向けて本堂各所の引っ越しを進めなければいけないのですが・・・。全く手付かず・・・。そして、大掃除。考えただけでも、頭がパンクしそう(笑)自分の無計画さにホトホト嫌気がさしますが、ウカウカもしてられません。計画的に進めていかなければ!

そんな今日の夕刻に、突然来客がありました。その方とは、ここ数年のお付き合いですが、久しぶりにお会いしたので嬉しい訪問でした。近況をお互いに話しながら談笑していたのですが、改めて心を通わしながら話をする時間と言うのは尊いものと感じました。

日頃、自分がどれだけ凝り固まって物事を考えているのかを、見直す切っ掛けにもなりますし新しい発見なども有り心が解された一時でした。

よく住職が「出会い触れ合い和み合いの人生」を大事にするように言っておりますが、この歳になってご縁の重要性というものを実感しています。歳を重ねると共に経験を積むことで、同じ一日でも味わい方が変わっていきます。すると、喜びや驚きに触れる度に新しい自分に出会っているようで毎日が楽しくなっていきます。

今年もいよいよ冬本番、暖冬と言えども「備えあれば憂いなし」準備を怠らず今できることをしっかりとなしていきたいと思います。


「看よ看よ臘月尽く(みよみよ ろうげつつく)」
2018・12・3(月)

いよいよ今年も最終月、12月。「臘月」とは、陰暦12月の別名で、「あっという間に今年も終わろうとしているぞ!うかうかするな!」といったところでしょうか。人生に当てはめても同様です。

あの一休宗純禅師も門松を題材に次のように詠っています。

“門松や 冥土の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし”

門松は、神様の依り代であり縁起物ですが、裏を返せば、一年が去り、新年を迎えることで、死に一歩近づいたとも言えます。門松は死の一里塚、ご用心ご用心、人生は表裏一体です。今日の一刻の命をどう使っていくか、ここが人間の一大事です。

全国の僧堂では、12月1日よりお釈迦様の成道された同8日まで1週間、臘八大接心中です。今まさに最も一年の中で重要な修行期間を過ごしています。

私自身も、初臘(初めての臘八)は今でも忘れられませんし、人生に大きく影響しています。言葉にできぬ時間であり、真剣に自分と向き合った1週間でした。

思えば、それまでの人生を無駄に浪費してきたように思いました。一体自分は何のために生まれてきたのか?両親、祖先から頂いたこの命を無駄にしてきたような寂しく申し訳ない気持ちで純粋に一杯になったことを覚えています。しかし・・・「喉元過ぎれば」で、その感動が薄れていくのも事実です。だからこそ、真剣に生き切る瞬間というものが人生には何度も無ければいけないのだと思います。

そして、最後の最後に「あゝ良い人生だった!」と大いに自分を褒めたたえられるような寿命を迎えるために精進していきたいと思います。

今年の紅葉は、この時期にしては暖かい気候の影響なのか、例年以上に見頃が続きました。それでも、季節が来ればそれぞれに彩り、時が来れば無心に散っていく。その姿が私の目には力強く映ります。精一杯自分を生きていく。私もそういう風に生きてみたいものです。


「道を歩かない人 歩いたあとが道になる人」
2018・11・28(水)

衝撃的過ぎる言葉。

この言葉に目が触れた時、目で見たとは思えないほど衝撃だった。それは、心で直に触れてしまったような。

“道を歩かない人 歩いたあとが道になる人”

陶芸家・河井寛次郎の言葉である。

言葉とは不思議でたまらない。言葉はどこにでもある。いたる処にある。でも自分がアンテナを張っていなければ気付かない言葉ばかり。それも、波長が合わなければ意味が無い。言葉はいつも電波を発しているが、その波長にこちらが合わせなければ私の心は響かない。だから苦しい。いつも苦しい。でも波長が合った時の喜びを知るとその苦しみが愛おしくもなる。

「道を歩かない人」

これは矛盾しているように思われるがそうではない。また、何もしない人のように思えるがそうでもない。例えば、私は寺の長男として生を受け、跡を継ぐことは物心ついた時から自分のどこかで感じていた。素直なうちは良いが、思春期を迎えると無意味に反発したくなるものだ。俗にいう「敷かれたレールを歩くのは真っ平だ」と言うところだろう。これがまた難儀で、今思えば鼻で笑ってしまうような独りよがりの考えだが、渦中に在るとなかなか曲者である。普通、道があるから歩くと考える。しかし、この広い世界で道を作ってきたのは、何を隠そう人間自身ではないか。海を渡り、国を跨ぎ、空を飛び、世界中に道がある。見えるものから見えないものまで。先人方が踏みしめた故にできた道がある。道なき道が道となり、また今日も新たな道ができている。

われわれの人生も同様に、自分の人生の道は作るしかない。でも、その作るという概念も烏滸がましい。

「歩いたあとが道になる人」

そんな人は、最初から道をつくろうと生きてはいない。ただ、自分の人生を自分が生きている。それだけの事だろう。それを他人が道と言ってきただけの事である。
この言葉に寄せて河井寛次郎は次のように記している。

時は場所へ。
人という場所へ常に新しい土地を与える。昨日で今日を拓く事は出来ない。嘗て耕された事のない地面に人はいつも立っている。果てしない土地、新しい世界。 
『火の誓い』より

どんな場所、どんな人生、どんな時間であろうと私の今は誰にも侵すことのできない私だけの空間。つまり日々新たに私を生きるのみで、そこに自然と私だけの道がある。

臨済禅師は云う「外に求むること莫れ」常に自分の心と向き合うのみ。人任せ、環境任せの人生などない。私の人生も同じである。運命の流れに乗るのではなく、自分の生き方がそのまま運命となっていく。人生とは、その運命の出会いが巡り合わさっていくだけの事である。それでこそ、お互い様の人生が見えてくる。自分の道、他人の道。それが幾重にも重なり合い私が生きている証拠となる。

“道を歩かない人 歩いたあとが道になる人”

私はそれだけの人生を頂いているにも関わらず楽しめているのだろうか。

敷かれたレールではなく、一人の人間として自分の心を生かすことは出来ているのであろうか?

今日も己事究明なり。


「光陰惜しむ可し 時人を待たず」
2018・11・27(火)


光陰惜しむ可し 時人を待たず

正しくその通りだと、最近特に感じます。気が付けば、今年も残すところ一ヶ月弱、保存修理の準備やお寺の法務、観光と仕事をしているというより、その仕事に振り回されている錯覚に陥る時があります。

忙しいのは良いことですが、体を休める重要性もヒシヒシと感じる昨今。若いうちは身を粉にして働くことは、経験を積む上で大切な事です。しかし、心まですり減らしていたら意味がありません。

月日は自分の都合と関係なく過ぎていきます。気付けばあっという間の人生、だからこそ、しっかりと自分を生かしていくことが大事です。

唐代末の禅僧、趙州和尚にこんな話があります。

1人の僧が趙州和尚に質問をしました。

「時間は念々刻々容赦なく過ぎて行きますが、この1日24時間をどういう心構えで過したらよいのでしょうか?」

すると趙州和尚は

「お主をはじめ世の人びとの多くは、時間に使われて過しているが、私は逆に自由に時間を使っている。」

耳が痛い話です。私自身の事を言われているように聞こえます。ここで言う、24時と言うのは時間のことだけではなく、人生そのものです。様々な巡り合わせの中で生かされている私達ですが、自分の人生は自分の足で歩むしか他ありません。その覚悟が無ければ、他人や環境、ついには時代や人生のせいにまでしてしまう。それでは、味わい深い人生などありません。趙州和尚が言うように、私自身の人生の主人公は、他でもならぬ「わたし」なのですから、私を生かしていくことが、そのまま「時を楽しむ」人生になっていきます。

先日、縁あって妙心寺の塔頭・聖澤院住職である漾碧庵老大師とお話をさせて頂いた時の事です。世間話から、「時人を待たず」とは如何?というような話になった時、老師が仰った何気ない言葉に凝り固まった私の心が解かれました。

「”山中暦日無し“と言うだろ、だから盆正月が有り難いし、嬉しいものになるんだ。」

捉え方は其々あるでしょうが、私は大変救われました。

「山中暦日無し」とは禅語の一つですが、言葉通り世間一般的な拘りや妄想執着から離れるということです。そこで初めて、「盆正月」が有り難くも嬉しいものにある。それは、盆正月は毎年来るものですから、老師は月日の流れを言い表しているのだと思います。つまり「光陰惜しむ可し」です。拘りを捨てたところに、月日の中に生きる自分が活き活きとしてくると言えます。端的で大変含蓄のある老師らしい言葉でした。

そんな数日後に、お檀家様からまた教えられることになります。先日亡くなった、旦那様の七日参りの事です。午後1時にお参りの予定でしたので、失礼の無いように10分前に伺ったのですが、玄関で声を掛けますと。

「おら、和尚さん早いわね。ごめんなさい、ご飯がまだ炊けていないのよ。」

と、亡くなられた旦那様の奥様。

ご飯とは仏前にお供えをする仏飯のことです。私は「すみません、早く来てしまいました」と申しけなく思いながら、仏間に通してもらいました。すると、仕事から帰ってきた娘さんが、お茶をお持ち下さり。

「和尚さんすみませんね。私が仕事から帰ってきたら、お母さん何も準備できていないですよ。と言うよりも、帰ってきた時は家にも居なかったですから。どこへ行ってたと思います?」

「どこですか?」

「畑ですよ。何をのんきなことを!って怒ったらお父さんの好きな畑にあるミカンを取りに行ってたって。それなら、朝取りに行けばいいじゃないですかね。ご飯だって温かい方がいいからって言うんですが。保温機能が付いてるんだから。早めに準備しておくのが礼儀ですよね。」

と娘さん。すると、奥様が微笑みながら、ぽつりつぶやきました。

「だってお父さんにお供えするんだから、取れたての新鮮なミカンと炊き立てのご飯がいいじゃないの。」

私はその言葉を聞いた瞬間「なるほど、時間を使うとはこういうことか!」とハッとさせられました。

時間を使うことを、この場合で言えば、普通に考えるとお参りの時間である、1時に間に合うように早めに準備をしておくことを考えがちですが、趙州和尚と老師の言うのは、奥様の心の在り方だと感じました。

時間を守り、きっちり持て成すことや、仕事をすることも大事ですが、奥様の心の中には亡くなられたお父さんが活き活きと今も尚、生きておられる。だから、温かいのでも“炊き立て”のご飯が良いですし、ミカンも“取れたての”新鮮なものが良い。これこそ、自分を生かして、時間を使うということだと思いました。すると、台所から「ピーご飯が炊けました。」と炊飯器のお知らせ(笑)イソイソと仏飯の準備に行く奥様。戻ってくると、お盆の上には“炊き立て”のご飯がのっており、湯気が立ち上っています。それはそれは美味しそうなご飯です。そして、そのご飯と、取れたてのミカンを嬉しそうにお供える奥様の姿に私の心まで温かくなりました。

月日はあっという間に過ぎて行くから、成すべきことを成すことも大事ですが私は奥様のように心豊かに今この時を楽しんでいく生き方も、禅の教えだと実感しました。

光陰惜しむ可し 時人を待たず

待たない時を焦って追いかけなくても、自分の心を自由自在に使えば、そのまま時を楽しむ人生になっていく。そして、私だけの月日の流れがそこに生じていくだけの話しです。それが、一人一人の人生になっていく。

今日と言う一日を、大事に生きていきましょう。


「賑やかな一日」
2018・11・22(木)


今日は、恒例の日本一早い門松設置。庭師の末政様並びに檀信徒様がお手伝い下さり今年も立派な門松がお目見えしました。約30年続いている、この「日本一早い門松」の機縁は、住職が縁起の良いニュースをお寺から届けたいという願いから始まったものです。何よりもその思いに共感し、奉仕で長年ご協力下さっている末政さんには感謝しかありません。

朝早くから、報道関係者様も駆けつけて取材下さりニュースに早速流れていました。また、観光に来られた皆様は、あまりにも早い門松に驚きと歓喜の声をあげ、楽しんでおられる姿にはこちらまで嬉しくなります。

今年は、紅葉も見頃が長期続いており、境内が更に風情のある場所となりました。そこに、月一回行っている洗心会(写経と法話)が今年最後とあり、和装姿の会員様が彩を付けて下さって、朝から天気は雨でしたが心は晴れやかに正しく好時節。

この洗心会も、住職の頃より始まり約40年続いている会です。私が引き継いで、早7年が経ちますが、有難いことに新たな会員様も増え今日も多くの方が参加下さりました。

そして、毎年最後の洗心会では、皆様と精進料理を頂き心を通わす時間を設けています。参加者の方には、近況などを思い思いに話して頂くのですが、いつも含蓄のあるお話に感銘を受けています。失礼ながら、皆様人生の悲喜苦楽交々を味わってきた先輩方ばかりですので、私にとってはいつも法話のネタを頂く時間になっています。

このように、賑やかな一日を過ごしていると、常々お寺とはこうあるべきだと実感します。人が集い、語り合う。それぞれに心の荷物を置いていく場所。そして、心軽やかに新たな一歩を踏み出して帰路についてもらう。お寺とはいつの時代もそうありたいと改めて思いました。心地よい疲れと充実感に包まれて、今日一日また成長させてもらいました。

さぁ、明日は親友の結婚式の為いざ香川県へ!と言いましても日帰りのような強行スケジュール・・・皆様、季節の変わり目ですので体調管理には十分気配りをしていきましょう。


「北陸新幹線敦賀延線開業にあたり」
2018・11・20(火)


福井国体も無事、盛会裏の内に円成し福井県全体が、2024年の北陸新幹線敦賀延線に向けて動き出し始めました。

その延線のタイミングで、大安禅寺の保存修理事業が開始されることは、何かのお示しとしか思えません。ちょうど開業に合わせて本堂の修復が完了する時期にあたります。これよりは、更なる大安禅寺の役割と様々な可能性を思案しながら緊張感をもって推し進めていきたいと考えています。

そこで本日、市の観光課より大安禅寺への視察が行われました。共に、びゅートラベル、観光連盟がお越し下さり、今回は坐禅体験を含めた観光素材として検討くださるそうです。福井には、世界に誇る曹洞宗大本山永平寺があります。その対面に、大安禅寺と両方お参りすれば「永代(大)平安」縁起まで良いですね‼福をもたらす県「福井県」にふさわしい観光素材です。

と言いましても、観光はお寺に足を運んで頂く一つの窓口です。一旦、お寺に足を踏み入れれば、凛と張りつめた空気の中で、自己を見つめる場所であり、時を超え悠久の歴史と禅の教えを体験し味わう場所です。その為には、ハード・ソフト両方をしっかりと準備していかなければいけません。

新たなビジョンを持ちながらも、温故知新の心を忘れず取り組みたいと思います。


「法話三昧」
2018・11・16(金)


秋の観光シーズンとあって連日、法話目当ての団体様が全国津々浦々からご来山下さっています。本当に有難いことです。

住職より観光の法話を引継ぎ、早8年が経ちます。振り返りますと、様々な事が有りましたが、今思うと法話をさせてもらうことで成長させてもらったことが現在の私の大部分を占めます。

最初の頃は、正直何を話せば良いのか分からずとにかく一所懸命話すしかありませんでしたから、ひたすら住職である父親の真似事をしていました。何よりも当時の年齢が28歳ということもあり、お客様からすれば若造が偉そうに話しているようにしか聞こえなかっただろうと思います。ですから、多くのお客様から叱咤を頂いたことを昨日のように覚えています。失礼を申し上げ、平謝りしたことは幾度もあります。とにかく自分の未熟さ、浅学菲才を恥じる毎日でした。そして、そんな惨めな自分が悔しくて、もがいてもがいていたら、いつの間にか現在に至っていました。それでも、その経験が僧侶としての喜びや誇りを知る機縁になったことを、私は一番大切に感じています。

禅は達磨大師の「不立文字 教外別伝 直指人心 見性成仏」という言葉に尽きます。

つまり禅の本質は、言葉に表せられるものは無く、全て実参実究しながら自己の本心と向き合って味わって掴み取っていくしかありません。それは、誰しも一言で自分の人生を言い表せられないのと似ています。

シンプルに言えば、自分の人生は自分の足で歩むほか無いという事実を覚悟することだと思います。何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、それに私は尽きると確信しています。いつでもどこでも、どんな状況でも自分の心から目を背けず実参実究の日々。この姿が、禅僧としての誇りであることを私は多くの方から学ばせて頂いた8年でした。これよりも、現在の自分に甘んじることなく、常に己事究明の日々を送りたいと思います。

大安禅寺に来られた人が、また足を運びたくなるような、心の道場を目指して。


「仏前結婚式」
2018・11・15(木)


「和尚さん突然すみません。実は、お願いがあります。この度、籍を入れた記念に大安禅寺のロケーションを使って写真撮影をしたいのですが。可能でしょうか?」

と、ある日、一人の女性に懇願されました。

その女性は、お寺の諸々のデザインをお願いしているデザイン会社ANTENNAの小林さんのご縁で知り合った子でした。数年前から度々、お寺に訪ねて来るようになり、最近は坐禅会にも参加していましたから、その報告が素直に嬉しく。

「それは、おめでとう!!お目出度い事だね。いいですよ。」

「折角だから仏前結婚式も出来るだけの事をして、その様子も撮影したら?」

ということで、今回、出しゃばって私が仏前結婚式にて夫婦の契りを取り持つことになりました。そして、打ち合わせを重ねて、本番当日・・・。

天気は、雨の予報が外れ晴天なり!紅葉も映えて、式、写真撮影には持って来いの佳き日となりました。

式では、お二人が仏前にてご先祖様に結婚の儀をご報告し、これよりお互いに支え合う旨の「誓いの言葉」を述べられる姿には、心打たれるものがありました。

晴れ姿のお二人を迎え、お寺にて喜びのひと時をご一緒できたことで、改めて結婚が、大変幸せなことだと実感しました。懐かしくも自分の時の事を、ついつい思い出してしまいました。

式には様々な形がありますが、仏前結婚式は、「感謝」を奉げることに尽きます。ご先祖様、ご両親、縁故の方々に今日という特別な日を迎えられたことを感謝し、そして、お互いに誓い合う。つまり、「縁」を大切にし夫婦が心一つに、一如になることを決意する式です。

撮影も終始、和やかに新郎新婦の幸せ溢れる笑顔を見る度にこちらまで温かくなりました。これよりのお二人のご多幸を心から祈念しております。


「大いに祝いたい。」
2018・11・13(火)


今日も、職員と共に庭の掃除。

気候がいいので掃除も心地よいものになりました。また、明日は友人の結婚式の写真撮影を大安禅寺をロケーションとして使用し行うので、いつも以上に気持ちが入りました。

そこで、やはり気になるのは天気・・・

予報は雨・・・

ですが・・・

そんなの関係ありません!!

いいじゃないですか!雨の時んば雨に準じて喜びのままに撮影すればいいんです。

私は精一杯、庭の掃除をして最高のコンディションにしておくのが役割。

また、ささやか乍ら仏前結婚式を挙げたいと思います。

先程、「敬白文」と「誓いの言葉」を、ご両人の幸せを念じて書かせてもらいました。これを以って、明日は修復前の本堂で、心は晴れやかに盛大に祝って差し上げたいと思います。


「迷いが消える禅のひとこと」
2018・11・10(土)


禅語とは、禅家が使う言葉として紹介されるが、別の言い方をすれば、一瞬の「心の有様」を表したものだと私は考える。

それは人とし人の、生きた言葉。だから、自分次第で禅語の味わい方は変わる。

しっかりと自分自身と向き合うからこそ、気付ける味わいが禅語にはある。

気付けなければ、それで終わり。でも、言葉としては永遠に生きた言葉。

生きた言葉に出会うには、まず自分で自分を生かしていこう。

躓いて、苦しくて、挫けそうになっても、頂いた1度きりの人生だから、自分の足で歩むことを止めなければ、生きた言葉に必ず出会える。

今回、私は一冊の本を読んで、改めてそう確信した。

手前味噌だが、修行道場の先輩であり、現在も公私ともにお世話になっている東京龍雲寺住職細川晋輔和尚の新著「迷いが消える禅のひとこと」

今日、手元にわざわざ届けて下さった。本当に有難い。

私事だが、今まで自分自身の転機を迎える機縁には、必ず細川和尚の存在があった。修行中も、自坊に戻って悩んでいる時も、恥ずかしながら布教師の試験を受けることに怖気ついていた時も、優しくも厳しく含蓄のある言葉をいつも掛けて下さった。本人は気付いておられないだろうが、どれだけ助けられたか分からない。

そんな自然と発される細川和尚の一言を思い返せば、いつも見て下さっていたのだと感じる。

その細川和尚が、厳選した“52”の「禅語」が、本人の観点から紐解かれ味わい深く、この著書には記されている。

著書の冒頭には、「よそいきではなく素足で読む禅」「この本で大切にしているのは「間」です」と書かれているように、それは、細川和尚の理解を押し付けるようなものでは無く、まるで詩を読んでいるような気分にさせられ、声に出して朗読したくなる衝動にまでなった。

細川和尚自身が、素足(丸裸の心)で実感し、めぐり合ってきた禅の心が、素直に一言一句に溢れている。

私個人、色々思い出しながら、一気に読んでしまった。

そして読み終えたと時に、自分自身の在り方を考えさせられた。

同時に、心が軽くなっていた。

著書の最後は、こう締めくくられる。

「しあわせは、いつも目の前にある」

そして、「本書で、みなさんがこころ豊かに生きていくお手伝いを少しでもできたのでしたら、著者として、禅僧として、これほどうれしいことはありません」と。

細川和尚は、尊敬する先輩であるが、同じ禅僧でもある。そのことに、烏滸がましいが自分は悔しく思った。このままで私はいいわけがない。

この著書を通して、自分の足元を更に掘り下げる機縁を頂いたように思う。

そして、自分の一言を吐きつづけよう。何事も一歩進めないと始まらない。

皆様、是非ご一読いただきたい。

皆様の人生を、豊かに生きていく心の杖になる一冊です。

また、挿絵が可愛い。それにしても、表紙の細川和尚が似すぎ(笑)


「記者発表」
2018・11・9(金)


今日は、私の人生の中でも大事な日となりました。

大安禅寺が、重文指定を受けてから10年、これまで文化庁の視察、国・県・市の協議を重ねた結果、約12年に渡る保存修理事業が今年度より開始されます。

その事業開始にあたり、本日記者会見の場を設けたのですが、有難いことに、多くの報道関係者の皆様がご参集下さりこれよりの大事業をより多くの人に知って頂く良いスタートが切れたように思います。

ちなみに対象となる建物は、本堂・庫裏・開山堂・開基堂・山門・鐘楼・宝蔵・塀中門と計8棟に及びます。言わば、大安禅寺ほぼ全てのお堂が、約360年これまで空襲や震災、また大雪の被害などを乗り越え、創建当初の面影を現在に伝える貴重な福井の文化遺産です。

しかしながら、やはり老朽化の跡は多く見られ平成29年度には、修理工事のための調査を実施しました。その結果、破損の進行が随所に見られ、大規模な保存修理が必要な状況であると判断され、今回、国、県、市のご指導の下、約12年にわたる修理事業を開始することとなりました。

また、この度の事業は国より「特殊修理事業」の対象と判断されました。これは福井県内初の大事業でもあります。特殊修理とは、高度な専門的調査が必要とされる建造物や、特殊な技法によって再現・修復が必要なものが対象となり、同時に長期の工事を要する国宝・重文の修理事業のことです。

ただいま、国のその区分対象になっているものは、滋賀県の延暦寺、京都府の二条城、清水寺また栃木県の日光東照宮などを含む12件のみです。大安禅寺は、その対象となりました。つまり、大安禅寺の価値はそれと同様であり、これより福井の看板となる文化遺産だということです。

何よりも今回、個人的に胸を打ったのは、父親が会見の場で語った「この修復事業は、先代(祖父)からの夢だった。緊張感をもって進めていきたい。」との言葉です。

「農禅一如」このような言葉はありませんが、正に祖父はこの言葉のような暮らしで卑山を護持してきました。藩主の菩提寺ともあり、明治以降、財政的には大変厳しいお寺でした。ですから、今のように、境内はまだ整備されておらず、ほぼ畑と田んぼでした。山には炭小屋があり、炭を作り市場に売りに行き支えてきたのが事実です。それでも、祖父はお寺を護持する為に、自分ができることを精一杯、禅僧という根っ子をもって歩んできた足跡があります。そして、父親である住職が減反政策を機に、花菖蒲を植え「花菖蒲祭」を開催したり、観光として門戸を開き、法話や坐禅を通して布教に努め、多くの人が集うお寺へと変化させていきました。その祖父、父親が各々の形で、身を粉にして復興に尽力してきた背中を見て育った私ですから、覚悟を決めて、私が引き継ぐ番です。命を賭して、この事業に取り組んでいきたいと思います。それが、祖父の夢を確かなものにすることであり、少しでも恩返しになればいいと思っています。

そして、素直に後世に良いものを遺したいのです。これからの時代、必ずお寺が重要な役割を担う場所になります。大安禅寺が、福井の心の道場として、いかなる時も人の役に立つ存在となるお寺になるよう頑張っていきたいと思います。
是非、福井の方は、明日の各社新聞に今日の記者発表の事が掲載されると思いますので、ご一読下されば幸いです。


「のびのびと生きる」
2018・11・6(火)


2ヶ月ほど前のことですが、福井県立ろう学校の中高等部の皆様と共に書道パフォーマンスを実技させてもらうご縁を賜りました。それも、大書です。

私自身、書に関しては素人なのですが、ろう学校で先生を務めている友人の願いともあり恥を忍んで講師を受けました。

この大書の目的はと言うと、先日の10月27日に行われた文化祭のメインイベントとして友人が企画したものです。文化祭のテーマである「団結」を私が大書し、そのテーマに対して生徒さん各自が心の柱にしている言葉を大書しました。その作品を、文化祭当日に親御さんや先生方に披露されるということで、私も気合を入れて伺いました。

当日、生徒さんは大書が初めての子ばかりで説明中も、緊張した面持ちだったので、

「大丈夫!!思いっきり書けばいいんだよ!」と偉そうに私は言葉を掛けていましたが・・・

いやはや何を隠そう実際に、それ以上に緊張していたのは私の方で、悟られまいと必死に隠していたのは内緒の話です(笑)

ですが、始まってみればなんのその!!生徒さん皆が、初めてとは思えないほど、大きな筆を躊躇なく堂々と使いこなすんです。それに、上手い下手に囚われることなく、伸び伸びとした力強い字を書いていくではありませんか!!

その、一所懸命に書かれる姿には、本当に心から感動しました。そして、言葉にできない感情まで込み上げてきて、反対に私の絡み着いた緊張の糸は解れ、「何事も楽しむ」という人として大事なことに気付かせてもらいました。いつの間にか私が、生徒さんに教えてもらう立場になっていました。

・・・一番囚われていたのは自分だったと反省しています。残念ながら、私は仕事で文化祭当日には伺えず、その披露式の様子は知れぬままでしたが、昨日友人が、わざわざDVDにその一部始終の動画をダビングして、お寺に持ってきてくれました。

その映像には、生徒さん一人一人が、大書に込めた思いを伝えている様子が映っており、純粋なそのメッセージに心打つものがありました。精一杯に咲く花のように、精一杯の自分で書したからこそ伝えられる言葉があります。親御さんたちもさぞ感激されたことでしょう。

花はなぜ美しいのか ひとすじの気持ちで咲いているからだ

詩人・八木重吉の詩です。

ひとすじの気持ちに、上手い下手もありません。私達には、それぞれの役割があります。その役割は、みんな違います。だからこそ面白く味わいがある。でもその根底には、ひとすじの気持ちで精一杯に生きる心が輝いています。

ですから、テーマである「団結」の「団」の「くにがまえ」を、私はあえて円(○)にして書きました。○は点の集合であり、その点に生徒さん先生、私自身を表わして一つになっていく思いを込めました。

ですが、生徒さんにその意図を伝えなくても皆さん、ひとすじの精一杯の字を書いて下さり心から団結した時間を送ることができ、尊いご縁を賜ったことに心より感謝しています。

これからも生徒さんには、自分の力を信じて、ひとすじの気持ちで書いた字のように、のびのびと生きることを大切にしてほしいと願っております。


「歩歩是道場(ほほこれどうじょう)」
2018・11・4(日)


一歩一歩が尊い我が道場である。

私達は、足元を疎かにすることが多いように思います。特に、社会にあっては競争社会ですから上を目指す、天辺を目指すことばかりが常用視されます。それはゆくゆく頭打ちの時が来ます。しかし、一歩一歩の歩みには、終わりがありません。歩みを止めない限り続いていく、進めばとにかく目的地に到着します。到着し、歩を進めれば、そこが出発点にもなる。頭ごなしに考えるよりも、先ずは何事も歩を進めなければ始まりません。

 「道」          松下幸之助

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがいのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。

しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むこ
とである。

自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。

これは、Panasonicの創始者である松下幸之助の言葉として広く知られたものです。私の道は私しか歩めない、それは時に緩やかで、時に険しいものでありますが、進まなければ分からない私の人生という道です。その道を「休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。」この一節が私は大好きで大切にしています。

この「道がひらける」、「喜びが生まれると」いうことは、自分だけのことではなく、私に関与する全ての人の喜びに繋がっていくことであることも含まれているように思います。つまりは私自身を生かし、全てを生かしていく道こそ私達の人としての一歩でなければいけません。それは、足を進めるだけが、一歩ということではなく心の一歩が大事だということです。

千利休居士の孫である、千 宗旦居士に次のような有名な話があります。

ある日、京都紫野に在る大徳寺山内のお寺の住職が、庭先に咲く一輪の真っ白い玉椿があまりにも見事なので、小僧を呼んで「宗旦師匠に届けてくれんか、一輪しかないから気をつけてなあ」と言い付けます。小僧は言われた通り、大切に抱きかかえるようにして山内の道を急ぎましたが、石につまずいた拍子に花がぽろりと落ちてしまいました。「ああ、しまった!どうしよう・・・」と、それでも花を拾って掌にのせ、叱られぬはせぬかと涙を流しながら歩いているうちに千家の門に着きました。そして、出てきた宗旦師匠にありのままの話をして、謝りながら、椿の枝と花を手渡しました。

寺に帰り着いて和尚に謝ろうとしますと、和尚は既に外出しており、その帰る途中に宗旦師匠の元に訪ねると言い残して既に留守にしていました。一方、和尚は千家に訪ね茶室に通されますと、そこには床柱に椿の枝が生けられ、花が床の間にふんわりと置かれています。一幅の絵のようで、えも言えぬ風情です。あらわれた宗旦師匠に「こよなき御趣向
です。」と愛でて辞します。

和尚が帰ると、小僧が朝の失策を詫びるので、始めて宗旦師匠の思いやりに気付くのです。また小僧の正直な行為も嬉しく、叱るどころか、心から賞めてやりました。落ちた花、小僧の正直、和尚の好意、全てが生かされる道、相手(人)を、物を生かす「はからい」こそ、大切だとこのエピソードが教えてくれます。

歩を進めるというのは、自分の心を相手の心に織り込んでいくことでもあります。それが、私を生かし、全てを生かしていく一歩になるのです。

勿論、宗旦居士のような振る舞いが難しく思えても、そう心がけて心の一歩を進めていくことは誰にでもできることです。

一度きりの私の人生ですから、もう戻らぬ昨日を悔いることなく、何が起こるか分からぬ明日を不安に思うのでもなく、先ず今日の私を真心こめてしっかりと使い切っていくことが、なにか一つの喜びを生む事に繋がる一歩になる。そう信じて生きれば、それが歩歩是道場の人生と言えるでしょう。


「創建以来初めての開山大愚禅師ご出杖」
2018・11・3(土)


当山を開山された大愚宗築禅師は、江戸初期の禅僧です。当時の仏教については、江戸幕府の成立も有り、寺院の地位などが保証される制度がなされ、伽藍の整備や、経済的に潤うも、肝心な中身である仏法の護法においては衰退の一途を辿っていました。そのような時代にあった大愚禅師は、禅宗においても坐禅が廃れ、蜜参禅のみが世の中の風潮になりつつあることを危惧し、悟りを求めて諸方の師を訪ね参禅する「遍参」という禅宗本来の修行形態を復活させようと「仏教復興運動」を起こしました。その生涯は妙心寺派の復興に大いに貢献することとなり、全国に36ヶ寺を開山復興し、「大愚下三十六刹」と呼ばれるほどでした。共に運動に尽力したことで有名なのが、妙心寺の開山である関山慧玄禅師以来の伝統を守り抜き、住職にもなった愚堂東寔禅師と、伊達政宗に帰依され宮城県松島の瑞巌寺の住職となる雲居希膺禅師です。当時は、臨済宗妙心寺派の三傑と呼ばれるほど復興に尽力されたことで知られています。

その大愚禅師が最後に創建開山されたのが、大安禅寺であり、今も裏山に大愚門下の祖師方と共に静かに眠られお寺を見守って下さっています。

そして、何よりも大安禅寺創建の機縁になったのは、大愚禅師その人柄に深く傾倒し、心の師として帰依された福井藩4代藩主松平光通公の存在です。光通公は、江戸幕府将軍家康公の曾孫にあたる親藩大名です。祖父は、武勇高いことで知られる結城秀康公と、徳川家の血を脈々と受け継がれていることから、才知に富み福井藩の基盤を作る政を行なった名君として知られています。ただし、時代の無常さか最後は自刃し世を去るという悲劇のお殿様でもあります。

語れば、限が無いのでこれ位にして、一つだけ光通公が大安禅寺を創建するにあたり大愚禅師との約束がありました。

「祖先と両親への恩を忘れない為に、永代にそのご供養をしていく覚悟をもって建立すること。」

それは妙心寺開山である関山禅師の「請う其の本を務めよ」という教えが根幹にあるように思います。それも、妙心寺派の復興運動に尽力した大愚禅師らしい一言に思います。その思いに、同調し光通公も大安禅寺を「永代菩提所」という福井藩全てのお殿様をご供養するお寺として建立されました。ですので、当山には徳川家の「葵の紋」と初代結城秀康公の育ての親である豊臣家の「五七の桐の紋」が一緒に奉られている日本唯一のお寺です。

大安禅寺の歴史を語るというのは、そのまま福井の歴史を語ることと同意と言っていいほど歴史的価値のあるお寺です。しかし、恥ずかしながら、そのお寺を護持する立場にある私がその重要性に気付いたのは修行道場から戻ってきて、本格的に寺史を調べ始めてからです。同時に、このお寺を守ってきて下さった和尚様方と檀信徒様の並々ならぬ苦労を知ることで
大安禅寺